-食べ物そして音楽(1)-


17号フリーウエイへVWゴルフGTIを乗り入れたのは、5時半をとうに過ぎていた。

17号線は、サンノゼからサンタクルーズへ抜ける山道で、アメリカのフリーウエイには珍しく、幅が狭く、アップダウンが厳しく、タイトコーナが連続する。

ラリーストだったSは、4000回転をキープしながら軽快にコーナーをトレースする。

速度は65マイルから70マイルと一般のフリーウエイと同じ調子だ。

サンタクルーズから1号線へ乗り込んで、ほっとした。

山道を他人の運転で限界近く走られるのは余り気持ちの良いものではない。

まだ明るいから良いものの、帰路は夜中になるから、もっと心配だ。

もっと速度を落とせ!と言えばプライドの高いSは必ず、もっと速度を上げようとするに違いない。

30分も走ると彼方にサマータイムの太平洋が広い畑越しに青く輝いていた。

第2次大戦前から日本人農民が多い地域で、強制収容所へ送られながらけなげに農業を営んでいた。

あちこちに噴水が派手に水を撒き、アーティーチョーク(朝鮮アザミ)やらストロベリーが健康そのものに育っている。

このあたりから東へ僅か入った小さな町サリナスでスタインベックが生まれ育ったと、司馬遼太郎の”アメリカ雑描”に書かれている。

結果的に日本人を迫害することになった閉鎖的な団体にスタインベックも加盟していたそうだ。

日本人一世たちの苦しい生活ぶりは想像を絶するものだった。

南カリフォルニアのCARSONあたりでも、強制収容された日本人の畑、土地は二束三文でアメリカ人に買い取られた。

アメリカ文化には力でねじ伏せることを是とする風潮があり、この国の暴力問題の底流をなしているとも書かれている。

例のO.J.シンプソン事件でも、“力で地位を勝ち取った者には何事も許されるべき”といった思想が陪審員の中にあり、彼が犯した絶対的な罪でさえ糊塗しようとする。

アメリカの狂気と言われる社会現象の深層心理はこの国の血生臭い歴史にあると米国人が述べているのを読んだ覚えがある。


そんな日系一世の闘争に比べると、駐在員のアメリカ暮らしなんて、与えられた防護壁の中の人工的な生活環境そのもので、あたかもアクアラングを付けて海にもぐって熱帯魚を見ているようで、所詮本物の漁師にはなれない。真実はいつも人の心を打ちのめすものだ。

海岸沿いの丘陵の一番高い所からモンタレー湾が美しい弓を描き、弓に添って白い波が立つほど風が強い。

サンドシティを過ぎ、このまま南下すれば5分で年配の金持ちが住むカーメルの町。

アメリカ人は、現役を退くとカーメルや南のサンタモニカに住みたがる人が多いが、物価は高く、土産物など、同じ物でもロサンゼルスの倍はする。


GTIは5速から4速、3速へシフトダウンするたびに野太い排気音を立ててマリナウエイを右にでた。

シーフードレストラン、ロスティは土曜の夕方で賑わっていた。

ワイングラスが軽く当たる音、笑い声、日本人には無い歯裂音がカオスのようなノイズとなって潮騒のようだ。

季節は7月時は夕暮れ。

窓越しに干潟を中型の渡り鳥が低く飛ぶ。

古ぼけた柱に赤く差す夕日。

ハムの様な太股をショートパンツからデーンと放り出した、そばかすだらけの顔に丸い眼鏡を掛けたおばさんとそれに暑苦しくしがみつく10歳位の悪餓鬼。

親父はとっくに飽き飽きした顔しながらも、海を見る視線をやわらかく妻子に投げる様は、男の美学が極まった!!

蟹気狂いのSは、スノークラブを注文、牡蠣気狂いの俺は何処へいっても、牡蠣だ。

Sの蟹を盗んでみると、これがまずいではないか?

スノークラブは日本の北陸では越前蟹、城崎、香住あたりではズワイ蟹、松江辺りでは松葉蟹と呼ばれる蟹の大型版。

うまいはずなのに、まるっきり日本の蟹の味がしない。

大体、アメリカ人の蟹、海老に関するセンスはゼロだ。

海老といえば、ちょっとしたレストランへ行くとロブスターが時価でメニューに出てるけど、実にまずい。

ロブスターの大柄なパサパサした身を焼いて固くしてバターなんかつけて食っても旨い訳が無い。

強いてやるなら、軽く茹でて、一口サイズに切って、寄せ鍋に入れて、旨い出汁で味付けして、噛み心地を楽しむ食材であると言いたい!

それに比べると日本の車海老は本当に王様の味だ。

伊勢海老を王様のボディガード位の味とすると、ロブスターは更にその下の腰ぎんちゃく程度だ。

スノークラブも、ロブスター程度の味で納得しているのだから、ロクな味はしない。

こんな蟹に高い金を払うアメリカの消費者には哀れみさえ覚える。

それに比べりゃ、生牡蠣は流石のアメリカ人も調味しようが無いではないか?

せいぜい、横にホースラディッシュを付け合せる程度の話。

それにしても、皿に山盛りのケチャップを載せてくる美的センスの無さと味覚の鈍さが”食文化”の劣等さを示している。

この点、日本料理、日本人の感覚は世界一だ。

Rの付かない月に牡蠣を食うな!というが一体何処の誰が偉そうにいってんだ。

去年は100°Fを越えるダラスで6月に黄ばんだ牡蠣を食ったし、何年か前、山形で真夏の8月に馬鹿でかい牡蠣を3個食べた。

ましてや、7月にこの海のそばで牡蠣を食わずにいられますか。

ハーフダズンの牡蠣は白と黒のはっきりした上物で、これをナパのワインで飲み下すのだから堪らない。

ぐったりしてたら、もう8時だ。

(April/19/2004)


   
 

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