師匠 −その2−


鶴の様に痩せられているが品性の高い姿で、”それではGinjiroさん、一局お願い致しましょうか?”とT師に声を掛けられてドキリとするのは私だけではないだろう。
夏は呂の羽織、袴を付けられた姿はまさに碁に命を賭けた棋士そのものであり、何か金属の塊を感じてしまう。5子では手合い違いだ。なんとか一矢報いたいと正座した肩が力む。
布石の段階から妙に時間が流れていく。わからない。どうしていいのか判らない。考えているうちに一番難解な手がどうしても目につく。判りやすい手のその後が全く予想出来ず、ひねくれた手ばかり考えて形が崩れていく。


不明なまま、えい!と一手を打った瞬間、“はて、強い手を?”とつぶやかれる。
こう呟かれたら最後、投了の心構えをしなくてはならない。こんこんと沈思され、
細い指をしならせてピシーンと打たれてみると、もうどうしようもない形になっているのに気づく。
師は素人相手であろうと盤に向かえば最善の手を考えられる。今まで100手までもった碁が無い。局後の丁寧な解説で、“かくかくしかじか、進行してこの手のあとこう黒に打たれたらどうしようかとそこのところを悩んでおりました。”とのたまわれても、そこまでの進行が全く読めてないのだから申し訳無いとしか言い様がない。恐れ入りました、有り難うございましたと言って引き下がるのに2時間程度かかる。


私の碁はどうも、無理筋気味の碁であるらしい。下手には強いが上手で特にプロ級の相手にかかると豪快に粉砕される。師の石を取りにいくと何手か手抜きされた後、一手で凌がれるケースが多い。たまたま数子をとっても、それは取ったのではなく捨てられた石なのである。忍者の変わり身で捨てられた丸太の如きものである。時折は無理な攻めを止めて、おとなしくバランスの碁をと心掛けることもある。
師は一転して、キカシをどんどん打って来られる。初めのうちはキカされても我慢するが、さらにキカされようとすると自分に腹がたって来て、キカしにそっぽをむいて別の所へ手を伸ばす。途端、強烈な攻めが来て激戦になる。またしても100手で投了だ。師とはどう打っておけば良いのかサッパリわからないのである。


師と打った後は、県代表級の打ち手と戦っても、勝てる訳ではないがコワイ手にはお目にかからない。やはりアマチュアの碁とプロの碁は違うと思う。
先生は沢山弟子を育てられて、日本囲碁界へのおおいなる寄与によって先年高名な賞を授せられました。本当にご苦労様でした。おめでとうございます。(April 16/2004)


   
 

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